2011年01月02日

サンデル教授の『白熱教室』の再放送を見て

新年明けましておめでとうございます。

一年以上放置しておりました本ブログですが、2011年はもう少し創造的な活動の時間を増やそうと決意したため、早速「事始め」の今日に、本年最初の記事を投稿しようと考えました。

ただ、あまりにも久しぶりだと、文章も書きにくいですね。最近、英語ではリサーチの結果をメモランダム形式でまとめるよう求められることが多く、そのために構成を練ったりできあがったドラフトを推敲したり、との作業にも慣れを感じるようになっていたのですが、気が付けば、日本語での「作文」的なものはほとんど電子メールに限られており、日本語での思考の整理からはすっかり遠ざかっていました。

やはり、継続して記事をアップするようにしないと、文章力についてしまった錆もなかなか落ちないものなのでしょうね。
そこで、(いつまで続くか疑問ですが)本年は今一度このブログの方にも力を入れたいと思います。(今や、ほとんど残っていらっしゃらないかも知れない)読者の皆様にも、何卒よろしくお願い申し上げます。

さて、本題です。

実は、題名で言及している、昨年非常に話題になったハーバード大学がサンデル教授の『白熱教室』(原題は"Justice with Michael Sandel")が、この正月にNHKで再放送されることを親から聞き、昨日になって初めて観る機会を得ました。かなり、時代に乗り遅れています。(実は、サンデル教授が東京で行った『白熱教室』の方は、親がDVDに焼いて貸してくれたのですが、諸々の事情により、観る前に返す羽目になってしまったため、是非とも本家本元の方を観てみたいと思ったのです。)

感想を一言で言うと、これは一人で観ると楽しさが半減してしまうものですね。
一緒に観て、議論する仲間がいた方が数倍面白いです。最初に放送された時には、レコーディング・ダイエットで一世を風靡した評論家の岡田斗司夫さん主催によるツィッター上での同時並行の熱い議論が戦わされていたようですが、そのようなときにこの講義を視聴する機会がなかったことが悔やまれます。

本物の講義なので、観ながら「自分だったらどう答えるか」と考える時間もあり、自分からも何らかの形でアウトプットしたくなるのでしょうね。ちなみに、第一回目で教授がこの講義により常識とされているものを疑うことになる、と警告していますが、学生が反射的に答えてしまった後、教授の差し出した助け舟を泥舟だと気づかずに墓穴を掘ってしまうのを見るのも、なかなか面白いです。

特に、第一回目の「殺人に正義はあるか」では、まず帰結主義的な道徳理論と定言的な道徳理論を対比させており、昔昔刑法総論の勉強で学んだ結果無価値と行為無価値との結び付きも何となく見えてきて、とても新鮮でした。

で、ここでまた職業病から、NHKによる"consequentialism"の訳(すなわち「帰結主義」)が果たして最良の訳であるのか、変なことを考え始めてしまいました。日本の刑法の教科書は、ここでいう"consequence"に該当する場面で一律に「結果」という言葉を使っているからです。もちろん、このNHKの放送では、千葉大学の政治学の教授が毎回解説を行っており、当然訳の監修もきちんとなされていると思ったのですが、気になって色々と調べてしまいました。
その結果、どうやらこの『白熱教室』でも取り上げられている「功利主義」という言葉との組み合わせでは、「帰結主義」の検索結果の方に軍配が上がるらしいことが分かりました。ただ、「結果主義」という訳語も、あながち間違いではなさそうです。あとは好みの問題なのでしょうか?

ところで、講義の中でOHCが使用されているらしい場面では、その内容を日本語に訳したものが映し出されていたのですが、第一回目の最初の方に映し出された、道徳理論の2類型に関するものは、しばしばプレゼンテーション用のスライドを翻訳している者として、イマイチだと感じました。

なぜなら、教授は、"consequentialist moral reasoning" と "categorical moral reasoning" との用語を使っており、おそらく実際にOHCで映し出された資料もこのように形の揃った表現が並べてあったであろうと思われるものの、日本語訳では次の二つが見出しになっていました。

帰結主義者
無条件的[定言的]な考え方

なぜ、同じような内容なのに、形式が揃っていないのでしょうか?!
素直に、前者の方を「帰結主義的な考え方」とすれば、見た目も美しいのに!

と一人で勝手に怒ってしまいました。本当に病気ですね。
posted by EnglishMaster at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 翻訳論議 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月25日

Conventions and Treaties

さて、では久しぶりに真面目な話題を一つ。

先日訳していた文書(広報目的のもの)に、United Nations Convention on the Recognition and Enforcement of Foreign Arbitral Awards of 1958 なるものが出てきました。

早速様々なウェブサイトや文献をチェックして、どうやら「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約」が「通説」ならぬ「通訳」となっていることを確認。

"Convention"も「条約」になるのか、ふむふむ、と進んで行くと、その他にも2つほど違う"Convention"が出てきて、両方とも「条約」で当たりをつけて、なんとか「通訳」を探し当てました。

しかし、よくよく見ると、"bilateral investment treaty" という言葉も。"Treaty"は普通「条約」と訳してしまいますが、すでに「条約」を使ってしまったし、どうしよう、と思いました。

そこで、再び今回参考文献として使用した「国際ビジネス紛争の解決―訴訟・仲裁・ADR」を開いてみると、"investment treaty"は「投資協定」と訳されているではないですか。おおっ、では convention を「条約」、 treaty を「協定」と訳せば済むことではないか、と素直に喜んでしまいましたね。

しかし、この2つの違いは、一体何なのでしょう。

訳していた文章を見る限り、treaty は bilateral (二国間)という言葉によって修飾され、convention は multilateral (多国間)という言葉によって修飾されているのですが、単に二国間で結ぶものを treaty、多国間で結ぶものをconvention と片付けてしまっても良いものなのか、疑問が残ります。

また、このように解釈すると、convention は「条約」、treaty は「協定」と結びつけたことを正当化するのは難しくなってしまいます。二国間の Treaty of Mutual Cooperation and Security between the United States and Japan は「日米安全保障条約」と訳されていますし、EUの根幹を為す「ローマ条約」(Treaty of Rome)は多国間のものであるからです。

そこで、英語の法律用語の使い分けを指南してくれる、A Dictionary of Modern Legal Usage Black's Law Dictionaryを調べてみたのですが、後者では convention の項で明確に "a multilateral treaty" という定義と共に、例として"the Geneva Convention"(ジュネーヴ条約)が出ていました。

これですっきり?

では、ローマ条約の例はどうなのか、と今度は隊長に相談してみたところ、「それはフランス野郎の影響だろう」とバッサリ。

妙に納得してしまいました。

というわけで、一般的に二国間の条約には treaty、多国間の条約には convention が用いられており、訳語で使い分けが必要であれば線引きの場所はやや違ってくるが「協定」という言葉も可。

結局、時間をかけたわりにはあまり進歩していないような気がするのですが...

posted by EnglishMaster at 18:00| Comment(576) | TrackBack(2) | 翻訳論議 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月29日

抹消事項

2ヶ月ほど前に、ワードでのスタイルを活用するためのトレーニングを受けて以降。よく使う形式に対応するように、せっせと雛型を作っています。

たとえば、裁判資料の英訳であれば、レベル1が「第1」、レベル2が「1.」レベル3が「(1)」に対応するように、既存の事務所のテンプレートに手を加え、自動的にヘッダに最後に編集した日付が入るようにして、和訳であれば日本語の部分はMS明朝のフォントを、英数字部分は必ず Times New Roman になるように、工夫しました。

そんな流れの中で、参考訳を作成しなければいけないことの多い公式文書の一つにつき、秘書の方が原文と見た目がそっくりの美しい表形式の雛型を作ったということで、それにも少し手を加えて同じフォルダに保存しておきました。

すると、一昨日のチームミーティングの中で、書生君が自分でも雛型のコレクションを作っているので、是非利用してほしい、と発言したのです。

早速アクセスしてみると、想定していた場面が違ったのでほとんど重複しているものはなかったのですが、先ほどの公式文書の雛型のみ、秘書の方が作ったものがそのまま入っていました。

そこで、両方印刷して、隊長と書生君に、実は私自身これを少し修正したんだけど、今後はどっちをオフィシャルな雛型にしたいの?と聞きに行きました。

すると、隊長が "Where have you improved it?"(どこを改善したんだ?)と尋ねるので、フッター部分にある、

「下線は抹消事項であることを示す」

の訳を指差しました。

秘書の訳は

"Underlying shows items that have been cancelled."
(おそらくunderlining のタイプミスかと思われるのですが、underlying だと「根底にある」という意味になってしまいます)

であったのを、

"Underlined areas denote items that have been deleted."

に変更しておいたのです。

すると、隊長は、

"I disagree,"(僕は賛同しかねるな)

と言うではないですか。

"Why?" (なぜ?)と聞き返すと、

"Some of the items that are underlined are people. You can't delete people."

"Should I use "cancelled", then?"

すると、「うーん」という表情で、"Maybe..."superseded?" Because that's what's happening, isn't it?"

"But it says 末梢 in the original! Look!"(でも、原文には「末梢」とあるではないですか。見てください!)と抗議すると、たまたま手元にその性質の書類があったため、"Let's see," (どれどれ)とのぞき込みました。そして、

"Well, I see your point. But using the word "delete" just isn't good English. Sometimes it isn't a good idea to use direct translations. I mean, if someone said 「腹を切ってがんばります」, you wouldn't translate that as "I'll cut my belly open," would you?"

そして私が言葉に詰まってしまったのを見て、

"Besidses, you beat me yesterday, so now it's my turn. Hah!"
(それに、昨日は君に負けたんだから、今日は僕の番だぜ!)

と言うではないですか。

確かにその前の日には、日本語の契約を英訳するにあたり原文の一条項の解釈について意見が分かれ、結局は私の解釈の方が正しい、という結論に落ち着いてはいたのですが...あまりにも大人げがない!と思いました。

なんとなく腑に落ちない気分で自分の机に戻ったところ、突然解決策が見えてきました。そして、

"Underlined areas denote entries that have been deleted."

と書き換え、再び隊長のところへ持って行ったのです。すると、

"Can 「事項」really be "entries"?" と最初は不審な顔をしたのですが、2、3回読み直すと、"Well, I guess that would work," (まあ、それなら上手く行くかもな)

どうしても deleted を使いたかった私としては、かなり嬉しかったです。
かくいう私も、あまり大人げがないのかもしれませんね。
posted by EnglishMaster at 23:55| Comment(4198) | TrackBack(0) | 翻訳論議 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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